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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)4332号 判決 1973年5月26日

原告 澤政男

右訴訟代理人弁護士 岡和男

被告 国

右指定代理人 松沢智

同 石倉文雄

同 鈴木一

同 渡辺信二

同 塚原昌二

同 守野康橘

同 東根宏一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(原告の請求の趣旨)

一、被告は原告に対し金四八四〇万〇五五五円およびこれに対する昭和四二年五月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

(請求の趣旨に対する被告の答弁)

主文同旨の判決。

第二、当事者の主張

(原告の請求原因)

一、本件更正処分の経緯

(一)1.原告は、昭和三五年一二月一日訴外魚躬常次郎(以下魚躬という。)から、登記簿上の所有名義人は訴外株式会社室町会館(以下室町会館という。)となっているがその実質的所有権は魚躬個人に帰属していた東京都中央区日本橋室町四丁目二番の八、宅地五二一・四八平方メートル(一五七坪七合五勺、以下本件土地という。)を代金一億六〇〇〇万円で買受けた。しかし、魚躬の要請により原告への所有権移転登記手続は行わず、これに代えて、原告は魚躬所有の室町会館の全株式一万株を魚躬から譲受ける形式を利用した。

2.原告は、昭和三六年七月一八日訴外朝日土地興業株式会社(以下朝日土地という。)との間に本件土地を代金二億八八〇〇万円で売渡す契約を締結し、室町会館名義から朝日土地名義に同年七月二〇日所有権移転請求権保全仮登記を、同年九月七日右仮登記に基づく所有権移転の本登記をした。

3.そこで、原告は昭和三七年三月一五日本件土地の譲渡所得を含む昭和三六年分の所得税の確定申告を当時の原告の住所管轄署である麻布税務署長にしたところ、同年分申告所得税として金一六九五万〇六四〇円を負うことになった。

(二)1.一方、室町会館では、昭和三六年三月一日ないし同年八月三一日の事業年度にはなんらの収益もなかったので、同事業年度の所得金額は零である旨の法人税申告書を同年一〇月二三日に富山県魚津税務署に提出した。

2.ところが、魚津税務署長立野一雄は前記(一)2の売買契約に基づく所得の帰属者は室町会館であると認定して、同年一一月三〇日室町会館の右事業年度における所得金額を二億三五七八万七四〇〇円、留保所得金額を一億〇九七六万二六〇〇円として、法人税額を一億〇七二五万一七三〇円、過少申告加算税額を五三六万二五五〇円とする旨の本件更正処分およびその納付期限を右同日とする繰上徴収処分を行なった。

3.そして、右室町会館の法人税等の徴収関係事務を魚津税務署より引継いだ金沢国税局から派遣された同局徴収課大蔵事務官橋本外男は、同年一二月一日合計一億一二六一万四二八〇円の滞納金を徴収するため、訴外株式会社三和銀行銀座支店における原告名義の普通預金(口座番号二一五七)六〇〇〇万円を室町会館の預金であると認定してこれを差押えた。

(三)1.本件更正処分および預金差押を不服とする原告は、これを取消してもらうため、室町会館の代表者として昭和三六年一二月二四日付で魚津税務署長に対し法人税更正処分に対する再調査の請求をしたところ、同署長は昭和三七年三月二四日付「法人税等の再調査訂正通知書」をもって、法人税額を五四一万三二三〇円、過少申告加算税額を二七万〇六五〇円それぞれ減額したのみであった。

2.そこで、原告は、室町会館名をもって、右再調査決定に対する決定について昭和三七年四月二四日付で金沢国税局長に対し審査請求をしたが、同国税局長は昭和三八年一一月一日付でこれを棄却した。

3.また、原告は昭和三六年一二月二六日付で金沢国税局長に預金差押処分に対する審査請求を申立てたが、これも昭和三八年一〇月一八日付で棄却された。

4.室町会館は、昭和三八年七月一五日魚津税務署長を被告として、富山地方裁判所昭和三八年(行)第四号法人税再調査決定等取消請求訴訟を提起し、本件更正処分を争ったところ、同裁判所は昭和四〇年三月二六日「本件土地の実質的所有権は魚躬に帰属しており、これを原告が買受け朝日土地に転売したものであるから、本件土地の実質的所有者でない室町会館に対しその譲渡による所得ありとして、魚津税務署長が昭和三六年一一月三〇日付でなした室町会館に対する法人税等更正決定はこれを取消さなければならない重大な瑕疵がある。」として、本件更正処分を取消す旨の判決を言渡した。

これに対して、魚津税務署長は名古屋高等裁判所金沢支部に控訴を申立て、同事件は同庁昭和四〇年(行コ)第四号事件として係属したが、同署長は昭和四一年三月一〇日付書面をもって控訴の取下をしたので、その頃右第一審判決は確定した。

(四)1.差押処分を受けた原告の普通預金については、原告は昭和三六年九月二〇日訴外大野則勝から二〇〇〇万円を同年一二月二日に朝日土地からの売買代金の残額を受領次第返済する約束で借受けていたが、前記のとおり金沢国税局によって預金差押がなされたため、その返済が不可能となり、一二月二一日まで期限を猶予してもらったもののこれを返済できなかったので、右大野は昭和三七年一月八日三和銀行銀座支店の原告名義の右普通預金に対して差押転付手続をとるに至り、同銀行は一月二三日原告、金沢国税局長、大野則勝の三名を被供託者として右普通預金六〇〇〇万円を東京法務局に供託した。

2.原告は(一)3のとおり昭和三六年分の所得税として金一六九五万〇六四〇円の納付義務を負うことになったが、前記のとおり差押を受けた預金以外には全く資産がなかったため、これを滞納したままにしているうち昭和四〇年四月八日東京国税局長は右滞納税金を徴収するため、原告の右1の供託金の返還請求権の差押を行なった。そこで、原告は同年七月六日同国税局長に対し右差押処分についての異議申立をしたが、昭和四一年六月一八日棄却された。

3.室町会館に対する本件更正処分取消の判決が確定した後、同会館の本店移転により所轄署となった京橋税務署長は昭和四一年四月二一日同会館に対し昭和三六年三月一日ないし同年八月三一日事業年度の法人税額、過少申告加算税額をともに零とする更正処分を行ない、東京国税局長は同年五月二日三和銀行銀座支店の原告の普通預金に対する差押を取消し、九月三日原告の昭和三六年分所得税額は昭和三七年三月一六日からの利子税、延滞税、滞納処分費合計六四四万五〇三五円を併わせ徴収したうえ、原告の供託金返還請求権に対する差押の解除をなし、更に九月七日右供託金利息に対する差押を解除した。

二、被告の責任

課税処分は、登記名義が備わっているというような形式ないし外観にとらわれることなく、実質的な所有権帰属者―所有権が譲渡され、それによって所得が生じた場合にはその実質的な所得の帰属者―に対しなさるべきものであり、その認定は実体法的法律関係、経済的実質関係を十分調査のうえ、行われるべきものであるのに、魚津税務署長立野一雄はこれを怠り、本件土地取引の実体は前記のとおり原告が魚躬個人の所有にかかる土地を買受け朝日土地に転売したものであるにもかかわらず、外観、形式にとらわれ、これを登記簿上の所有名義人である室町会館から朝日土地に売却されたものと認定して違法な本件更正処分決定を行なった。

そして、右違法な処分に基づき繰上徴収手続がとられ、前記のとおり魚津税務署から徴収関係事務の引継を受けた金沢国税局は原告の普通預金の差押手続を進め、その結果原告の普通預金に対する差押の取消、供託金返還請求権に対する差押および供託金利息に対する差押の各解除手続が終了するまでの間に原告は後記三のとおりの損害を被った。

そして魚津税務署長立野一雄は、国の公権力の行使にあたる公務員であり、かつ、本件更正処分は同署長がその事務を行なうについて過失によって行なった違法な処分であるから、被告は右処分行為により原告が被った右損害を国家賠償法第一条第一項に基づき賠償する責任がある。

三、損害

(一)昭和三六年一二月一日差押えを受けた原告の普通預金六〇〇〇万円のうち二〇〇〇万円は一の(四)項1のとおり翌一二月二日大野則勝に返済すべき金額であり、うち一六九五万〇六四〇円は一の(一)項3のとおり昭和三七年三月一五日麻布税務署に納付すべき金額であり、残額二三〇四万九三六〇円は同年三月一六日以降これを活用しうるところ、昭和四一年九月七日まで差押えられていたことにより原告は次の利益を喪失した。

1.金八四万円

金四〇〇〇万円に対する差押の日である昭和三六年一二月一日から昭和三七年三月一五日までの一〇五日間に対応する国税通則法第五八条第五項、第一項を準用した日歩二銭の割合による金額。

2.金七五四万六三六〇円

金二三〇四万九三六〇円に対する昭和三七年三月一六日から昭和四一年九月七日までの一六三七日間に対応する右1同様日歩二銭の割合による金額。

(二)東京国税局長は一の(四)項3のとおり昭和四一年九月三日原告の昭和三六年分所得税額に昭和三七年三月一六日からの利子税、延滞税、滞納処分費等合計六四四万五〇三五円を加算して徴収したが、これは魚津税務署長の本件更正処分に基づき原告の普通預金六〇〇〇万円に対する差押手続が進められた結果、原告の納税が妨げられていたために生じたものであるから、原告は右延滞金等として徴収せられた六四四万五〇三五円と同額の損害を被ったことになる。

(三)原告は、大野則勝からの借入金二〇〇〇万円について、昭和三六年一二月三日大野に同月二一日まで弁済期限を猶予してもらい、かつ、右同日までは無利息、右期限後は損害金として日歩八銭の割合による金員を付加して支払うことを約した。そして、右約定に基づく昭和三六年一二月二二日から昭和四一年九月七日までの損害金は二七五三万六〇〇〇円に達するが、大野は昭和四一年九月七日東京法務局供託課から二二四六万六八四〇円を受領しうち二〇〇〇万円を先ず元本に、残額二四六万六八四〇円を右損害金にそれぞれ充当してくれたが、原告はなお大野に対し二五〇六万九一六〇円の損害金の支払義務を負っている。これは魚津税務署長の本件更正処分に起因して発生したものであるから、被告は右二五〇六万九一六〇円を賠償する義務がある。

(四)原告は、不動産売買および仲介業を永年にわたり真面目に営んできた結果、顧客、友人、知己にもかなりの信用を得るに至り、それゆえに本件土地売買のような大きな取引を扱い、その際必要なときは多額の融資も受けられるようになっていたところ、魚津税務署長の本件更正処分に基づき原告の当時の全資産である六〇〇〇万円の普通預金を差押えられたことにより、大野則勝をはじめその他の融資者に迷惑をかけ不義理を重ねてしまったため、永年つちかってきた信用を一朝にして失墜し、五〇歳から五五歳という事業家として正に円熟の絶頂にある時期にその生命を絶たれてしまったこと、税務当局の誤謬によって行なわれた本件更正処分および原告の預金に対する差押を取消してもらうべく極寒の時期である昭和三六年一二月から昭和三七年二月にかけて魚津税務署、金沢国税局に日参し寒冷の廊下に担当者の都合を長時間待ち続ける等の肉体的労苦を味わい、更に国税庁にも何度も足を運ぶとともにその間筆舌に尽くし難い心労をなめ、これがため原告は健康を害し肺結核が悪化し昭和三九年一〇月一三日入院加療を余儀なくされ、更にこれが精神的打撃に耐え得ず精神科医の治療をも受けなければならぬこととなり全治の見通しも明らかでない状況においこまれてしまい今後の人生の望みも全く失われてしまったこと、右原告の信用失墜、肉体的、精神的苦痛を今金銭をもって慰藉するとすれば八五〇万円は下らない。

四、結論

よって、原告は被告に対して、三の損害合計四八四〇万〇五五五円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四二年五月八日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告の認否)

一、(一) 請求原因一の(一)項1のうち本件土地の登記簿上の所有名義人が室町会館であったこと、2のうち本件土地が原告主張のとおり室町会館名義から朝日土地名義へ登記されていることおよび3の事実は認めるが、その余の事実は不知。

(二) 同(二)項の事実はいずれも認める。

(三) 同(三)項の事実はいずれも認める。

(四) 同(四)項1のうち大野則勝が原告主張のとおり差押転付手続を、三和銀行が供託を行なったこと、2、3の事実は認めるが、その余の事実は不知。

二、同二の責任のうち魚津税務署長立野一雄が国の公権力の行使にあたる公務員であること、本件更正処分は同署長がその職務を行なうに際し行なったものであることは認めるがその余は争う。すなわち、右署長が本件更正処分を行なった経緯は次のとおりであり、同署長の処分行為には何らの過失も存しない。

(一)昭和三六年一〇月頃魚津税務署直税課は、同署の法人名簿上いわゆる林業法人として取扱われていた室町会館が、本件土地を三億円近い高額で処分したことを探聞したので、これを確認すべく登記簿謄本を取寄せたところ、本件土地が朝日土地に売却されていることが確められた。一方、室町会館は昭和三五年一〇月三一日同署あて営業を再開する旨の申請書を提出していたが、右申請書に添付された貸借対照表(乙第二一号証の二)には、本件土地が会社資産として計上されていることが確認された。そこで、室町会館は昭和三六年三月一日ないし同年八月三一日の事業年度の法定の確定申告期に、右取引について確定申告書を提出してくるであろうとその提出を待つたが、同年一〇月二三日提出された確定申告書には、右取引に伴う所得の申告は何らなされていなかった。

そこで、魚津税務署長は金沢国税局および国税庁へ具申しその許しを得て、本件土地売却に伴う課税の必要性の有無を精査すべく、直税課係員吉岡行雄、市村弘昭の両名を東京へ派遣し、右取引の具体的事情を調査させた。

(二)吉岡事務官らは、同年一一月二七日上京し、先ず、室町会館の実力者と目されていた魚躬に会うため、同社東京事務所へ出向いたが、本人に会うことができず、やむなく、本件土地の売却先である朝日土地の本店に赴き、同社の常務取締役清水富雄に会い、本件土地取引の関係書類の提出を求めたが、同社は当時武州鉄道事件に関連し、多くの帳簿書類を東京地方検察庁に押収されたとしてその提出を渋った。そこで、吉岡は同検察庁に赴いて、右関係書類の閲覧を求めたい旨右清水に申し向けたところ、清水は今検察庁に行かれては困る、行かないことを確約してくれるなら、右取引の関係資料を見せると申し出た。そこで、吉岡は、検察庁に行かないから手許にある資料全部を見せて欲しいと話したところ、清水は右取引の売買契約書、領収証等を提出した。

そこで、右資料を調査すると、本件土地は会社資産として室町会館から朝日土地に売却されたものであることが判明し、更に売買代金二億八八〇〇万円のうち一億八八〇〇万円の約束手形等はすでに現金化されており、残額一億円の約束手形もその期日が四日後の一二月二日に迫っていることが判明したので、室町会館の代表者らに会って、速やかに右取引の事情を聞く必要が感じられた。

(三)このような切迫した事情にあったため、吉岡事務官らは、前社長の魚躬や当時の社長であった原告に会って、取引の真相をつかもうと考え、その連絡先を八方さがした結果、ようやく一一月二七日午後魚躬の連絡先(東京都中央区日本橋小網町二丁目六番地)で同人と会い、事情を聴取する機会を得た。しかし、魚躬の口は重く、一一月二七日および二八日の二回にわたる調査によって同人から知り得た事実は乙第四号証の供述書に記載されていることのみであった。そして、関係書類はすべて原告に渡してあり手許にはないとの返事であった。そこで、吉岡らは売買の衝にあたった原告に会って話の糸口をつかむことが肝心と思い、その居所を尋ねたが、魚躬は知らないとの一点ばりであった。

ところがたまたま、右調査に同席していた訴外榊原正枝が原告の連絡先を知っているとのことで、同女に至急その連絡方を頼んだが、なかなか連絡がつかず、一一月二九日午後になってやっと連絡がつき、その午後魚躬の前記連絡所、吉岡らは原告に会うことができた。しかし、原告は肝心なことは殆んど口をとざしてしやべらず、ただいたずらに時間を費すのみで、そのうち身体の具合が悪いと言い、その日の調査を打ち切らざるをえなかった。ただ、右調査で原告がわずかに語ったことは乙第三号証の供述書記載の事項のみであった。

以上の魚躬および原告の事情聴取により知り得たことは、魚躬と原告との間の取引はあくまでも土地の売買ではなく、室町会館の株式譲渡であるというにあり、その点では両人の申立は全く一致していた。したがって、両人の供述からすれば、本件土地はあくまでも室町会館の資産として朝日土地に売却されたものであると理解された。

(四)そして、原告に対し、再三提出方を求めていた関係書類が二九日夕方届けられたが、その資料は相当複雑な内容のものばかりで、株式および地上物件の譲渡と土地の売却とが微妙にからみあって、しかも、同地上の建物の明渡、立退料の捻出、資産の貸与あるいは立替金、更には本件土地の他への売却の際の条件やその代金の精算方法など容易にときほぐすことができにくい複雑な内部事情が伏在していることが感じられた。

したがって、取引の具体的内容の詳細について、原告の説明をどうしても聞く必要があったが、原告は連絡先を明らかにせず、一件書類を提出したまま行方をくらまし、手形期日までの調査を避けていることが明らかに看取された。そこで、吉岡事務官らはその直属の上司である魚津税務署直税課長若宮俊一に報告するとともに、事案の複雑性と緊急性にかんがみ、国税庁直税部法人税課の指導を受け、諸資料および前記原告らの供述等を総合検討した結果、本件土地は室町会館の資産として同会館から朝日土地に売却されたものとみるが妥当であり、したがって速やかに法人税の課税処分をなすべきものとの結論に達した。

そして、同時に徴収面については、数日後に予想される手形の現金化に先立ち、差押の措置をとる必要があると思われたので、国税庁徴収部の意見を求めたところ、当該事案は繰上徴収すべきであるとの結論に達し、国税庁徴収部長から金沢国税局にその旨の連絡がなされた。

(五)かくて金沢国税局から魚津税務署に対し室町会館に対する法人税の更正処分および繰上徴収の決定を進めるよう指示がなされるとともに、決定後の徴収関係事務は同局へ引継ぐよう指示された。

そこで、魚津税務署長は昭和三六年一一月三〇日本件更正処分および繰上徴収処分を行ない、この旨を室町会館の当時の本店所在地へ送達し、その後金沢国税局に対し徴収の引継を行なった。

そして、金沢国税局では徴収課の橋本外男主査外一名を東京に派遣し、本件土地の売買代金のうち一二月二二日支払日の一億円の約束手形について調査させたところ、右小切手は先日付(一二月二日)小切手六〇〇〇万円と四〇〇〇万円の約束手形に切り換えられ、六〇〇〇万円の小切手は原告から三和銀行銀座支店を通じ(支払場所・埼玉銀行日本橋支店)て取立を依頼されていること、四〇〇〇万円の手形は原告ではなく訴外中村蓋世宛に振出されていることが判明した。そこで、橋本事務官らは一二月一日三和銀行銀座支店に赴き原告の普通預金口座に入金されていた右六〇〇〇万円について差押を行なった。

(六)以上が本件更正処分がなされるに至った経過の概要であるが、原告は税務調査に協力しようとしなかったばかりか、その行方をくらまし、また他の関係者からも十分な調査協力を得ることはできなかった。このような困難な状況下にあって、前記の如く約束手形の満期の接近と繰上徴収を行わなければ徴収権の確保ができないという切迫した事情が加わっていた。そこで、前記係官らは、税務調査にあたりできる限りの証拠の収集に努め、これらの物証、人証等を総合判断して本件更正処分をなすよう魚津税務署長に具申するに至った。そうすると、当時としては通常人であれば誰しも判断するほかない状況下にあったものというべきであるから、右係官らの調査に基づき本件更正処分を行なった魚津税務署長立野一雄には何ら過失はないものといわなければならない。

また、一般に中小の同族会社では、法人の資産取得について、商法に従った厳重な手続がとられぬままに法人の所有資産として取扱われており、その資産による事業上の収益はもとよりその譲渡による収益も実質上は法人がこれを享受しているものや、その帰属の紛わしいものが多く、このような場合当該資産に由来する所得は法人に帰属するものとして取扱うべきであり、商法第一六八条第一項第六号の財産引受またその後の事後設立、現物出資等商法所定の手続の欠缺によって、その法律効果が無効とされる場合においても、税法上においては経済的効果の発生の有無を検討すべきものであるから、法津効果の存否にかかわらず、会社がその資産を自己の所有財産として処理し、しかも外形上もそのように登記を行ない処理しているような場合には、法律上の効果とは別個に、右の実際の財産処理の状況や外観(公示方法)を手がかりにして租税を課することは許容されるものといわなければならない。

更に、本件のように室町会館の代表者であった魚躬が本件土地を法人資産としたと申立て、外形上もそのような取扱いがなされている事案では、課税上当該資産の譲渡による所得が法人に帰属すべきものと認めたのは相当の根拠のあることであって、室町会館の会計上の取扱いに不満な点があるとしてもその間の判断には微妙な点があり、本件土地売買に伴う所得が室町会館に帰属すると認定して本件更正処分を行なった魚津税務署長に過失があるとはいえない。

三(一)1 同三の(一)項1の事実は争う。

仮に、原告主張のような損害が生じたものと認められたとしても、国税通則法第五八条第五項、第一項の規定は本件のような事例には準用されるものではなく、民法所定の年五分の割合によって算出されるべきである。そして、これを右年五分の割合で計算すると、損害額は五七万五三四〇円(一〇円未満切捨)となる。

2 同三の(一)項2の事実は争う。

仮に原告主張のような損害が生じたものと認められたとしても、原告が昭和四一年八月二六日麻布税務署長に対し行なった所得税修正申告の結果、原告が昭和三六年分の所得税として納付すべき本税額は一七三九万九一四〇円となったので、四〇〇〇万円から右金額を控除すると原告が利用しうる金額は二二六〇万〇八六〇円となり、また原告主張の損害額の計算期間の終期は室町会館の法人税で原告名義の普通預金を差押え、これを取消した日である昭和四一年五月二日までとするのが相当である。そして、右二二六〇万〇八六〇円を基礎とし、1.同様年五分の割合で、期間を昭和三七年三月一六日から昭和四一年五月二日までとして計算すると、損害額は四六六万八七八〇円となる。

(二) 同三の(二)項の事実は争う。なお、原告の主張はある債務に基づいて財産が差押えられたため、他の債務の弁済が遅延したことを損害とするものであるが、このような損害は通常生ずべき損害には該当しない。

(三) 同三の(三)項の事実は争う。なお原告主張の損害は通常生ずべき損害には該当しない。

(四) 同三の(四)の原告主張の損害の発生と被告公務員の行為との因果関係を争う。

(被告の抗弁)

一、原告の本件請求は、禁反言ないし信義誠実の原則に違反するので許されない。

原告は、「魚津税務署長の室町会館に対する課税処分につき、所有権帰属者の認定は、実体的法律関係、経済的実質関係を十分調査のうえ行われるべきであるのに、右署長はこれを怠り、本件土地取引の実質は魚躬個人所有の土地を原告が買受け朝日土地に売却したものであるのを看過し、登記簿上の所有名義人である室町会館から朝日土地に売却されたものとして本件更正処分をなしたことに過失がある。」旨主張しているが、かかる主張は本件に関しては禁反言ないし信義則の原則に違反し許されないものといわなければならない。すなわち、本件は前記のように、原告自身において本件課税処分調査当時、自ら本件土地は室町会館の所有である旨魚津税務署職員に申し述べていること、また原告は本件土地を譲受けたのではなく室町会館の株式を取得したものであると魚躬に符節を合わせた供述をしていること、原告は本件土地を更に株式譲渡の方法で訴外三井不動産株式会社に転売しようと企てたこと、原告は登記簿上の名義が室町会館であることを容認したうえで朝日土地に売却し直接移転登記を行なっていること、その後昭和三六年一二月四日に至っても、原告は本件普通預金六〇〇〇万円の帰属につき、依然として金沢国税局徴収職員に対し室町会館のものである旨申し述べていること、また再調査請求の段階においても原告は室町会館の代表者として法人有と主張していたものである。

以上のように原告は自ら本件土地の帰属が室町会館にある旨の事実を明白に表示していたものであって、このように自己の言動によって、ある事実を表示したものは、右事実の存在を信じて一定の行動に出た相手方に対し、以後その事実の存在を否定するがごときことは許されないものといわなければならない。けだし、原告において自らある事実を表示しながら、その事実を信頼しそれを基礎として相手方の行為がなされた場合に、その行為に起因する損害が生じたとして、その信頼した相手方にそれを転嫁せしめようとすることは、相手方の期待をふみにじり信頼を著しく裏切るものであって、それはかえって法の根底に存する正義の観念に反するものであるからである。

二、仮に、被告に損害賠償義務があるとしても、被告は過失相殺を主張する。

すなわち、本件土地を朝日土地に売却した利益が室町会館に帰属し、原告名義の普通預金六〇〇〇万円を同会館の預金であるとして、本件更正処分と右預金に対する差押がなされたのは、本件土地が室町会館名義で登記されており、朝日土地に対する売買契約も室町会館が当事者となって行われ、また魚躬と原告との間の取引も室町会館の株式の売買という形式で行われていた等の外形的事実と、魚躬および原告の申立がこの外形に添うものであったためであり、したがって、右のような認定および処分をなさしめたについては、原告の行為が重要な原因をなしているので、本件損害賠償額の算定にあたり、これを原告の過失として考慮すべきである。

三、仮に、被告に賠償責任があると認められたとしても、差押された普通預金六〇〇〇万円は、差押後も普通預金として日歩六厘の利息が付されており、また三和銀行の弁済供託後は供託法所定の年二分四厘の利息が生じているのであるから、左記(一)、(二)の金額を原告の損害額から控除すべきである。

(一)金一九万〇八〇〇円

普通預金六〇〇〇万円に対する差押の日である昭和三六年一二月一日から供託の日の前日である昭和三七年一月二二日まで五三日間に対応する日歩六厘の割合による預金利息。

(二)金六六〇万円

供託金六〇〇〇万円に対する供託の日である昭和三七年一月二三日から昭和四一年九月三日まで四年七月(ただし、供託規則第三三条第二項の規定により三七年一月と四一年九月は除く。)に対応する年二分四厘の割合による供託金利息。

(抗弁に対する原告の認否)

被告主張の抗弁はいずれも争う。

第三証拠<省略>

理由

一、室町会館の所有名義とされていた本件土地が昭和三六年七月一八日朝日土地に二億八八〇〇万円で売却された件について、魚津税務署長立野一雄が同年一一月三〇日右取引に伴う所得の帰属者は室町会館であると認定し、同会館の同年三月一日から同年八月三一日までの事業年度における所得金額を二億三五七八万七四〇〇円、留保所得金額を一億〇九七六万二六〇〇円として、同会館に対し法人税を一億〇七二五万一七三〇円、過少申告加算税を五三六万二五五〇円課す旨の本件更正処分を行なったこと、本件更正処分について、富山地方裁判所は昭和四〇年三月二六日同庁昭和三八年(行)第四号法人税再調査決定等取消請求事件において、「本件土地の実質的所有権は魚躬に帰属しており、これを原告が買受け朝日土地に売却したものであるから、本件土地の実質的所有者でない室町会館に対しその譲渡による所得ありとして、魚津税務署長が昭和三六年一一月三〇日付でなした室町会館に対する法人税等更正決定はこれを取消さなければならない重大な瑕疵がある。」ものとして、これを取消す旨の判決を言渡したこと、右判決に対し魚津税務署長は名古屋高等裁判所金沢支部に控訴を申立てたが、昭和四一年三月一〇日付書面をもって控訴の取下げを行なったので、本件更正処分を違法なものとする右取消判決はその頃確定するに至ったことは、当事者間に争いがない。

二、そこで、右違法とされた本件更正処分をなすについて、魚津税務署長立野一雄に過失があったかどうかについて検討する。

<証拠>を総合すると次の事実を認めることができる。すなわち、

(一)魚津税務署直税課法人税係は、昭和三六年一〇月頃、室町会館が本件土地を約三億円近い金額で売買したことを探聞し、これを確認すべく本件土地の登記簿謄本を取寄せたところ、室町会館名義の本件土地が朝日土地に譲渡されていることを知るに至った。また室町会館が昭和三五年一〇月三一日付をもって同署に提出した営業再開申請書に添付されていた貸借対照表を調査したところ、本件土地が会社の資産として計上されていたので、同係では室町会館は決算期後、法定の確定申告期に右取引に基づく譲渡所得の申告もなすであろうと確定申告書の提出を待つことにした。

(二)室町会館は昭和三六年一〇月二三日、魚津税務署に同年三月一日から同年八月三一日までの事業年度の確定申告書を提出したが、右申告書では同事業年度における所得金額は零である旨記載され、本件土地取引に伴う所得の申告が行われていないのみならず、右申告書とともに提出された貸借対照表には依然として本件土地は会社の資産として計上されたままであった(ただし、室町会館が昭和三六年一〇月二三日右事業年度における所得金額を零とする申告書を提出したことは当事者間に争いがない。)。そこで、魚津税務署長は、金沢国税局および国税庁へ具申し、その許しを得て、本件土地売却に伴う課税の必要性の有無等を精査すべく、同署直税課係員らに右取引の具体的事情を調査するよう命じた。

(三)そして、右調査のため同署直税課係員吉岡行雄、同市村弘昭の二名が昭和三六年一一月二六日東京に派遣される一方室町会館の当時の本店所在地である富山県滑川市田中新町九〇番地へは同署直税課の湊屋係長外一名が派遣されたが、同所には本件土地取引の内容について説明ができる役員および関係者は存在せず、東京での調査に重点が置かれることになった。

(四)上京した吉岡、市村の両事務官は、同年一一月二七日午前、先ず、本件土地の所在地でその所轄署にあたる日本橋税務署を訪れ、本件土地の価格およびその近隣地区の売買実例を調査した後、室町会館の設立者で本件土地取引に精進しているのではないかと思われた魚躬に会うため、同人が経営している訴外魚躬絨氈紡織株式会社の東京事務所(東京都中央区日本橋小網町二丁目六番地所在)へ出向いたが、不在のため同人に会えなかった。

そこで、吉岡、市村の両事務官は、本件土地の買主である朝日土地の本店(東京都中央区日本橋室町一丁目三番地所在)に赴き、同社の常務取締役清水富雄に会い折衝した結果、清水から本件土地売買の関係書類として、売主室町会館、買主朝日土地間で本件土地を二億八八〇〇万円で売買する旨の昭和三六年七月一八日付の土地売買契約書(甲第三号証)、室町会館から朝日土地あての本件土地代金を領収した旨の右同日付領収証(乙第一四号証)、室町会館から朝日土地への所有権移転請求権保全仮登記および所有権移転本登記関係の登記書類、本件土地取引に伴う関係帳簿の提示をうけ、その調査、検討を行なうとともに、右清水に本件土地取引の事情を糺すと、清水は室町会館から本件土地を買受けたものであると右売買関係書類に沿った供述をした。

(五)右調査結果によると、本件土地は会社資産として室町会館から朝日土地に売却されたものと一応認められること、更に代金二億八八〇〇万円のうち一億八八〇〇万円はすでに現金化されており、残りの一億円の支払いについても昭和三六年一二月二日を満期とする約束手形が振出され、その期日が迫っていることなどから、室町会館に対する課税の必要性の有無を早急に決定する証拠資料を得るため、吉岡、市村の両事務官は、朝日土地との売買契約を締結した室町会館の代表者である原告および同会館の設立者でその代表者もしていた関係上右契約締結の実情を知っているであろうと思われる魚躬からその間の具体的事情を聴取することが是非必要であると考えた。

そして、吉岡、市村の両事務官は、先ず、同年一一月二七日、二八日の午後二回にわたり前記魚躬絨氈紡織株式会社の東京事務所において、魚躬と面接し、右土地取引の事情について糺したところ、魚躬は概略次のように供述した。すなわち、魚躬は原告から本件土地買受けの申込みを受けたが、土地自体の取引にすると室町会館に多額の所得税が課せられることになるので、本件土地の売買は断った。ところが、当時の所得税法(第六条第五号)によれば、株式の譲渡から生じた所得には所得税が課せられないことになっていたため、室町会館の全株式を譲渡する方式をとれば、税金問題も発生せず、本件土地譲渡の目的も達することができたので、魚躬は昭和三五年一二月一日同会館の全株式一万株(名義は魚躬およびその親族ら)を原告に代金一億六〇〇〇万円で譲渡した。そして、右代金決定に際しては、本件土地の所有権価格を一億三〇〇〇万円、本件土地上に建物を所有していた魚躬絨氈紡織株式会社の借地権価格を三〇〇〇万円と評価して、代金を一億六〇〇〇万円と定めた。右株式譲渡後、魚躬は、室町会館の代表取締役を辞め、会社とは関係がなくなり、また会社関係の書類もすべて原告に渡したので、本件土地が朝日土地に売却された事情は一切知らないということであった。

そこで、吉岡らは、本件土地取引の衝にあたった原告に会って事情を聴こうと思い、魚躬に原告の居所を尋ねたところ、右調査に同席していた榊原正枝が原告の連絡先を知っているとのことで、原告への連絡役を引き受けた。そして、榊原が原告との連絡をとってくれた結果、吉岡らは一一月二九日午後二時に原告と面接できることになり、原告から右土地取引の事情を聴取することにした。

(六)吉岡、市村の両事務官は、原告との連絡がとれるまでの間、一一月二八日午前には日本橋税務署を訪れ、本件土地の売買代金の動きを調査するための銀行調査の準備を要請したり、再度朝日土地に赴き本件土地取引における魚躬および原告の関係などを調査するとともに、一一月二九日午前には吉岡事務官が榊原正枝を通じて原告から提出された関係書類およびそれまでの調査結果を携え、国税庁を訪れ、同庁法人税課、所得税課、徴収課の係官らと室町会館に対する課税の必要性の有無について検討協議を行なった。

その際、検討に用いられた資料のうち主要なものは次のようなものであった。

1.土地売買契約書―昭和三六年七月一八日作成―(甲第三号証)

売主室町会館、買主朝日土地間で本件土地を二億八八〇〇万円で売買する旨の契約書。

2.売買代金領収証―昭和三六年七月一八日作成―(乙第一四号証)

室町会館から朝日土地あての右売買代金を領収した旨の領収証。

3.仲介手数料の領収証―昭和三六年七月二四日作成―(乙一五、第一六号証)

本件土地売買の仲介手数料を仲介者訴外平和住宅社および新生産業株式会社が受領した旨の室町会館あての領収証。

4.売買契約書―昭和三五年一二月一日作成―(甲第二号証)

魚躬が室町会館の全株式一万株を一億三〇〇〇万円で原告に譲渡し、会社備付けの帳簿等を交付し、かつ、魚躬が責任をもって、会社所有の本件土地に付されている差押登記、抵当権設定登記等の各抹消登記手続および会社につき生じた昭和三五年一二月一日までの一切の債務の弁済を行なうこと(ただし、後記和解調書に基づく立退料等の債務を除く。)などを約したもの。

5.契約書―昭和三五年一〇月二四日作成(甲第一号証)

室町会館(代表取締役檜谷寅次郎)が、その所有する本件土地を売却することを条件として、訴外千代田商事株式会社(代表取締役原告)との間で、本件土地上の魚躬絨氈紡績株式会社所有建物を占有している訴外丸一商事株式会社外四名に対する建物収去土地明渡等請求事件を昭和三五年一一月末日を目標に、千代田商事株式会社が費用(大略一二〇〇万円位)を立替えて解決にあたること、千代田商事株式会社は室町会館に対し三五〇万円を貸与すること、本件土地の売却は坪当り一一〇万円以上一三〇万円前後とし、売却代金の内坪一〇〇万円相当額を室町会館の所得とし、それを超える額から右の立替費用を差し引き精算の上残額を折半すること、なお、千代田商事株式会社の立替金貸付金の合計金額は二〇〇〇万円を限度とし、金利は日歩四銭の計算とすること、本件土地の売却までは千代田商事株式会社のため売買予約の仮登記を付することなどが約されたもの。

6.仮契約書―昭和三五年一〇月二四日作成―(乙第五号証)

魚躬が、室町会館の株式一万株と魚躬絨氈紡織株式会社所有建物の売買に関し、別紙添付契約書原案に基づき、原告との間で、売買代金を一億五七七五万円とすること、その手付金として原告は三五〇万円を支払い、魚躬はこれを受領したこと、右手付金は本契約成立の際支払うべき代金の内入金として精算すること、本契約の成立は昭和三五年一一月頃とし、完了は昭和三六年一月末日とすること、右契約書原案は双方論議の上多少の変更もありうることなどを仮契約したもの。

7.和解調書二通―昭和三五年一〇月二九日および一〇月二五日和解成立―(乙第一七、第一八号証)

室町会館と前記丸一商事株式会社外四名間の建物収去土地明渡等請求事件につき、室町会館が明渡示談金を支払うことを条件に明渡す旨の和解が成立した旨の調書。

8.示談金領収証―昭和三五年一〇月二五日から昭和三六年一月二九日までの間に作成―(乙第一九、第二〇号証の各一、二)

右明渡示談金をそれぞれ受領した旨の前記丸一商事株式会社外四名から室町会館あての領収証。

以上の諸資料ならびに朝日土地の常務取締役清水富雄および魚躬の各供述結果などをもとに、吉岡は国税庁の前記係官らと協議した結果、原告に対する面接調査が未だ行われていない段階ではあるが、本件土地は室町会館の会社資産として昭和三六年七月一八日朝日土地に売却されたものと認定するのが相当であり、同会館に対し課税処分をなすべきものとの結論に達した。また徴収面については、室町会館では、本件土地を会社資産として売却しながら、これを確定申告書に計上していないこと、朝日土地から受取る代金のうちすでに一億八八〇〇万円は現金化がなされ、残りの一億円の約束手形についてもその満期が一二月二日に迫っていること、本件土地の売買代金以外にはかるべき財産もないことなどから、徴収確保のため、繰上徴収すべきであるとの結論に達した。しかし、前記のとおり原告に対する面接調査が未了の段階であるため、原告から右結論と異なる供述が得られた場合には再度検討することにされた。

そこで、右協議結果に基づき、国税庁徴収部長から金沢国税局を通じ魚津税務署長に室町会館に対する更正処分および繰上徴収処分の準備を進めるよう連絡がなされるとともに、吉岡事務官からもその旨魚津税務署に連絡がなされた。

(七)市村事務官は、一一月二九日午後一時頃原告に対する面接調査を行なうため、前記魚躬絨氈紡織株式会社の東京事務所に赴き、午後二時頃出頭した原告に対し本件土地取引の事情を単独で聴取し、午後四時頃からは国税庁での協議を了え同所にかけつけた吉岡事務官とともに質問調査を行なったが、原告の身体の具合の都合上、その日の調査は午後八時頃打切られ、翌一一月三〇日午後に再度行われることにされた。そして、右原告に対する面接調査の結果、原告からえられた供述内容はおおよそ次のようなものであった。すなわち、原告は魚躬に本件土地の買受けを申込んだが、土地の売買は断られ、結局本件土地以外に資産のない室町会館の全株式一万株を買受けることになり、昭和三五年一二月同会館の全株式を一億六〇〇〇万円で魚躬から買受けた。その後、原告も株式譲渡の方法により利益をあげようと買手を捜したが、買手がつかないのでこれを断念し、朝日土地に本件土地を二億八八〇〇万円で売却した。なお、原告、魚躬間の株式譲渡における代金の決定について、原告は、将来株式譲渡による方法が利用できず、土地自体の取引としなければならない場合、法人税、精算所得税などが課せられることになるので、これらのことを考慮のうえ、当初代金を一億円程度にするのが相当であると考えていたが、魚躬に上手につりあげられ最終的には一億六〇〇〇万円とされたということであった。

右原告に対する事情聴取では、魚躬と原告との間の取引は本件土地の売買ではなく、室町会館の株式譲渡であるというそれまでの調査結果および本件土地は室町会館の資産として朝日土地に売却されたものとの前記国税庁における協議結果と矛盾する内容の供述および申立がないものと理解されたので、吉岡、市村の両事務官は、国税庁から金沢国税局を通じて魚津税務署に指示された前記更正処分および繰上徴収処分について、取消および変更の要はないものと判断し、魚津税務署に対し右各処分の取消等は要請しなかった。また右両事務官は翌一一月三〇日午前にも国税庁を訪れ、原告の供述結果をも加えて同庁係官らと検討協議を行なったが、右認定および処分の結論は変らなかった。

(八)魚津税務署長立野一雄は金沢国税局を通じ国税庁から室町会館に対する更正処分および繰上微収処分を進めるよう指示を受けたが、吉岡、市村の両事務官からその後これを取消、変更すべきであるとの連絡も受けなかったので、一一月三〇日本件更正処分および繰上徴収処分を行ない、納税告知書の送達を済ませた後、金沢国税局へ徴収関係事務を引継いだ(ただし、本件更正処分および繰上徴収処分が行われたことについては当事者間に争いがない。)。

(九)魚津税務署から室町会館に対する徴収関係事務を引継いだ金沢国税局では急遽橋本外男主査外一名を上京させた。そして、橋本らは一二月一日朝日土地の本社へ赴き、一二月二日満期の代金支払手形一億円の行方などを調査したところ、この手形は金額六〇〇〇万円の先日付(一二月二日)小切手と金額四〇〇〇万円の約束手形(昭和三七年二月一五日満期)に切り換えられており、そのうち六〇〇〇万円の小切手は支払場所を、埼玉銀行日本橋支店とするもので、原告から三和銀行銀座支店を通じ取立て依頼されていること、四〇〇〇万円の約束手形は中村蓋世あてに振出されていることが判明した。そこで、橋本事務官は三和銀行銀座支店に赴き、原告名義の普通預金口座に入金されていた六〇〇〇万円を室町会館のものと認定して差押えた(ただし、原告名義の普通預金六〇〇〇万円が差押えられたことは当事者間に争いがない。)。

(一〇)なお、吉岡、市村の両事務官が、原告および魚躬に対し本件土地取引の事情聴取を行なった際には、原告および魚躬側から本件土地は室町会館の所有にかかるものではなく、その実質的所有権は魚躬個人に帰属し、これを原告が室町会館の株式譲渡による方式を利用して買受け、朝日土地に売却したものであるとの供述は得られず、また原告からそのような申立および証拠資料の提出はなされなかった。

右趣旨に沿うような主張がなされるに至ったのは、室町会館が昭和三六年一二月二四日付で提出した法人税再調査請求書において、本件土地の所有名義は室町会館とされているがその実質的所有権者は魚躬個人であり、原告は昭和三五年一二月一日室町会館の株式譲渡の形式を利用して魚躬から本件土地を一億三〇〇〇万円で買受け、その後昭和三六年七月一五日に代金二億五九二〇円でこれを室町会館に譲渡し、昭和三六年九月六日室町会館から本件土地が二億八八〇〇万円で朝日土地へ譲渡されたものであると申立てたのが最初であり、昭和三七年四月二四日付の金沢国税局長に対する審査請求および本件更正処分が取消された富山地方裁判所昭和三八年(行)第四号法人税再調査決定等取消請求事件において、本件土地は室町会館の設立(昭和二二年八月七日)より前である昭和二二年五月二二日前所有者訴外杉村友三郎から魚躬が買受けたものであるが、魚躬は室町会館の設立後である昭和二二年八月一四日所有権移転登記を受けるに際し同会館名義で右同日売買を原因として所有権移転登記を受けたけれども、室町会館では原始定款に商法第一六八条第一項第六号に規定する財産引受の記載がなく、設立後にも商法第二四六条所定の事後設立の手続がなされたことはなく、また増資の際にも本件土地を現物出資するような手続がとられていないので、結局本件土地の実質的所有権は室町会館に帰属するに至っておらず、その実質的所有権は依然として魚躬に属しており、これを原告が買受け朝日土地に売却したものであるとの主張をなすに至ったものである。

以上の事実を認めることができ、乙第二号証の記載、証人若宮俊一、同魚躬常次郎の各証言および原告本人尋問の結果中右認定に沿わない部分は前掲各証拠と対比しにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、租税法は、国民に対し担税力に応じた公平適正な課税をなすことを目的としているが、現実の課税技術の上からいうと、複雑多岐にわたる現在の国民の経済活動について、その実質的関係にまで深く立ち入って具体的事実を明らかにすることは、極めて困難であり、ほとんど不可能に近いことから、所得や財産等の法律形式上帰属する者に経済的実質もまた帰属するのが通例であることにかんがみ、原則的にはその形式、外観に着目して課税することを承認しているが、法律形式上の名義人が外見上の単なる名義人にすぎなく、他に実際に収益を享受する者がある場合には、実際に収益を享受する者に課税するのが租税負担の公平を維持する見地からみて妥当であるので、現行所得税法第一二条、法人税法第一一条は、「資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者(法人)がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者(法人)に帰属するものとして、この法律の規定を適用する。」と実質所得者課税の原則を規定して、法律形式上の所有者の外に、資産、事業等の収益を実質的に享受支配している者がある場合には、その者を租税法上の所得者と認めるべきものとする。

したがって、税務職員は、課税処分を行なうに際しては、単に法律形式上の所有者に所得が帰属するというような安易な処分をすることなく、国民に対し公平適正な課税処分を行なうため、法律形式上所得が帰属する者が経済的実質においてもその帰属者であるかどうかを十分検討して、課税処分を行わなければならないが、本件においては、前記認定事実によれば、本件土地は登記簿上および室町会館の貸借対照表上も同会館の所有資産として取扱われていたこと、魚津税務署長立野一雄が、本件更正処分を行なうに際し、同署職員に命じて行なった税務調査では、本件土地は室町会館所有の資産として朝日土地へ売却されたものであるとの認定に沿う売買関係書類ならびにこれと同趣の供述が原告および清水富雄から、魚躬と原告との間の取引についても、室町会館の全株式の譲渡であるとの認定に沿う契約書ならびにこれと同趣の供述が魚躬および原告からそれぞれ得られたのみであって、室町会館および原告側から右認定と相違するような主張および証拠資料の提出もなされなかったことが認められる以上、魚津税務署長立野一雄が、本件土地は室町会館所有の資産として朝日土地に売却されたものと認定して、その取引に基づく所得を同会館に帰属するものとして、本件更正処分をなしたことには、いまだ、通常、税務職員に対して要求されている注意力を欠くものとは認め難く、また他に魚津税務署長立野一雄が本件更正処分をなすにつき故意または過失があったことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本件更正処分をなすにつき、魚津税務署長に故意または過失はなかったものといわなければならない。

三、よって、被告に国家賠償を求める原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村岡二郎 裁判官 玉田勝也 裁判官白石嘉孝は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 村岡二郎)

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